2020/04/09 14:41




古代ギリシャ哲学 プラトンの『饗宴』に於ける『愛について』の哲学。

『饗宴』は本で読まれた方も多いと思いますが  プラトンが 当時実在するソフィスト(知者)たちを登場人物として起用し 愛についてを対話形式で綴ったもので 饗宴そのものはフィクションだと云われてます。

様々なソフィスト達の愛についての語らいは 2000年以上経った今でも共感できる部分が多くあり 中でもソクラテスとディオティマに語らせた対話が個人的にはとても好き。現代の私たちにも語りかけてくれるメッセージです。
今日はその一部を抜粋してみました。


因みに『饗宴』は 伊集院さんのこの番組が非常にわかり易い。
ソフィスト達の愛の神エロースへの賛辞や美のイデア。そして洞窟の比喩もかなり面白い。
ご興味のある方は是非(*^^*)




『愛は人間に何を齎すのか』

🧝🏼ソクラテス×ディオティマ🧝🏼‍♀️



美を求める事は 善きものを求めること。
それは人間に幸福を齎すことである。
愛が常に 美を求めることの中に存在するならば
どのように幸福を追求した時 それは「愛」と呼びうるのか。
愛と呼ばれる行為とは そもそもどのようなものなのか。


愛の行為とは 精神の面でも肉体の面でも
美しいものの中で子を産むことである。
凡ての人間は 身体の面でも魂の面でも 懐妊の状態にある。


人はある時期を迎えると 出産したいと願うようになる。
出産とは 死すべき運命のものが 不死を求めること。
愛は善きものと共に不死である事を求めます。
出産によってのみ 死すべき運命のものは 不死にあずかるのです。


そして「魂が懐妊している人」は 美しく気高い魂を持つ人との出逢いを喜びます。
その人のそばに居ようと離れていようと その人の事を記憶に留めながら それまでに体得した知恵と共に「出産」するのです。そしてその魂から生まれる「子」は 不滅の命を持つ「知恵の子」となるのです。



💡死すべき運命のもの=人間
💡出産=女性が子を生む肉体的な出産だけをいうのでなく 魂によって生み出す行為凡てをいう。
💠作品を作り続ける詩人たち
💠笑いを世に届ける芸人たち
💠様々な発明をする職人たち
💠国を治める人たち・・etc

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

👩‍🔧

色々割愛してますが つまりは
人は 其々の道の中で 様々な美しいもの・心を揺さぶられるものと出逢い(対象は人だけに限らない)自己の魂の元に探求を繰り返しながら 知を体得してゆく。そして機が熟した時に「生み出す」という行為によってそれを世にあらわす。
そうして生まれ出たものが 別の魂の元でひっそりと繋がれて それは繰り返されてゆく。
人間は死すべき運命にあるけれど 魂から生まれ出たものは 不死となって別の魂を繋いでゆく。その一つ一つを繋いでいるものが『愛』ではないか。そう言っているのだと思います。


私たち人間は 常に何かを生み出している。
生み出す事によってその存在であり続ける。
それが「生きる」ということなのだと。

自己の魂をどこへ向けてゆくのか。
これがとても重要であり いつの時代も不変であると。
そして愛の中での純粋な行為は「わたし」と「あなた=世界」にかかる橋であり「人類」はそうして繋がれてきたのでしょう。



下記のシリーズ作品は この【ディオティマ】から名前をいただきました。

【Diotima】O600-14