2019/01/11 10:18

2019/1/5 



人混みを避け インスピレーションだけに従い自由に動いてみた日。

先日 成田山新勝寺のお不動様へ 新年のご挨拶に行ってまいりました。
青黒の大きな不動明王像と四大明王像の背後にひっそりと安置されている
火伏不動様へご挨拶したら なんだかとてもホッとしてしまい
その後は何処へも寄らず 園内の森の中をゆっくり歩いて帰ってきました。


「心の眼」を 自由に羽ばたかせて
揺蕩うエネルギーの存在に全霊を傾けてみる。
つまり 名やカタチあるモノ 一般的な価値観や慣習等にあまり囚われずに
エネルギーの本質に「眼」を向けてみる。
視界に拡がるリアルと 其処に揺蕩う留まる事のない曖昧なもの。
其処にある神秘。

それは個人的で伝わり辛いものですが
その感覚は 雨上がりの虹や 流星を視界で捉えた時の感動に近い。

古代の鉱脈探査イメージで 自らのセンサーで以って宝物を探しあててみる。
そんな動き方 或いは生き方でも良いなと 最近は思います。

エネルギーを感じれるもの, エネルギーを全霊で打ち込めるもの
内面のその微細な動きや変化に 敏感でいたいですね。 
心の不安や恐れ 見えない壁を吹き飛ばして 私達に翼を与えてくれるのは
そこから沸き起こる 希望や好奇心だからです。



【揺蕩うエネルギー ~呼吸する絵~】


目の前に拡がるリアルな世界と それを見ている此方の世界と
その狭間で揺らめく 留める事のできない感覚的な世界。
或いは 絵の奥に拡がる「描かれていない世界」

その調和 或いは和音から生まれてくる
その瞬間にしかない美。或いはハモり。

それはいつも 異なる「コトバ」となって揺蕩う エネルギーの一種。
見ようとするのではなく 意識するのでもなく 自然に入ってくる。
だから瞑想へと繋がります。

例えれば 美術館で美しい絵画を目にした時や
心の琴線に触れるような音楽を耳にした時の 時間の流れが変わる時に近い。


画家  榊さんが描かれた『水晶』の絵


それは私にとって「呼吸する絵」であり 「揺蕩うエネルギー」なのです。