2018/12/13 15:40

先日 寝っ転がれる位の 少し大きめの敷布を持って
約一年ぶり位に来た川辺。
同じ時間が流れているとは思えない長閑さで
草木が奏でる乾いた音たちは 時の流れを教えてくれています。

すすきの穂が光に包まれる瞬間を 無心になって眺めているとき
自分という存在が どんどん消えてゆき 其処にある「美」に包まれてゆきます。
光や音や風が 身体の中を通り抜けてゆく様な
自分が透明になってゆく瞬間から拡がる世界は なんて美しいことか。

何処に敷布を拡げようかとうろうろしていると
一本の木に何故か気を取られてしまう。
その不思議を五感(或いは第六感)で感じ取ろうとすると
それまで自分の中に流れていた時間の流れがすこしづつ変わり
余白が生まれてゆくのがわかります。
コトバは通じなくても その中で
人間は自然界と交流しているような気がします。 

反転の空

雲の行方。
は 誰も知らず 知ることもない。
雲の先に「答え」が在るような気がし 走り続け
沢山のエネルギーを消耗する。
が そもそも「答え」とは一体なんだったのか。

この世界はカタチがあって無いようなもの。
雲の様に伸びたり縮んだり 変化する大きな流れの中で
その瞬間を灯す 光の美しさが教えてくれること。

個が消えて 透明になってゆく瞬間に拡がる世界は美しく
この世界に 光を灯すことのできる人もまた 美しいです。
心や世界を温かく包むのは そのような透明な美しさ。

私達は 元々自然の一部だから
「透明になる」とは 本来の姿に戻る事でもあります。
他者も自然界も含めて「自分」が在るということ。
それが 自然界のありのままの姿や美しさを受け取れたり
他者のあたたかい声やその人の光に気づける事にも繋がる。
また 此処から身近な世界へ向けて何かを届ける事も
きっと出来る筈・・
自宅のすぐ傍にも川が流れていて よく一人で散歩しています。
空や川の水たちが教えてくれることは いつも純粋でシンプルです。
目の前に拡がるありのままの世界の中で 自然の一部となって今を生きる。
「その瞬間を灯す光の美しさ」は きっとこの世界だからこそ
観ることが出来るのでしょう。