2020/08/26 23:34




【生命の像】


一時期 どの葉も先端からみるみる黒ずんでしまい とても苦しそうだったある神社の御神樹。
原因は根腐れか土かその他か...日々状態を見ながら手探りが続いた。
瀕死の状態からなんとか冬も越え 漸く今は。


生きる本能のチカラで この世界に生命の像を生み出している。
それは日々 本当に少しづつのことだけど。




『生きている』



という静かでいて確かな鼓動のようなもの
それがひしひしと伝わってくる。
植物達が人知れず放っているもの 響かせているものは 目に見えるもの以上の何かに溢れている。
それをコトバにするのは難しいけれど そのエネルギー的なものを内に観想する中で "彼らの波動" はより近くに感じられるようになってくる。
それはとても繊細だけれど そんな密やかな瞬間は 心を満たし 変えてゆく。 



【透明な存在へ】



役目を終え土に還ってゆく花。
あえなく終わりを迎えた生き物。そして人もまた。
この世から "身体" としての役割を終えて 大いなるエネルギーの元へ戻ってゆくその瞬間に 偶然立ち会う事もままある。


身体によって美しく留められていた其々の生の "核" は 個として各々の役割を担い 一つの輪郭でもあったのだけど 死と共にその輪郭は崩れ 徐々に解かれてゆくのが 死にゆくものから流れてきた。それは魂が大いなるエネルギーの元へと戻る瞬間だろうか。


肉体は土となり水となり やがて大気となる。
魂はこうして見えない "自然" の中へと還るならば 私たちは つまりそれらを共有しているということになる。


「大気は それが育む凡ゆる生命と その霊を共有していることを忘れないで欲しい。
我々の祖父たちの最初の息を与えた風は また彼の最期の息を受け取る」
シアトルの酋長




身体は死すべきもの。そして身体に伴う魂は 宇宙の一細胞のようなものだろう。
では身体の役割とは。それは本質を生きることの中でしか見出せない。身体が齎すものとは。
(…勿論 役割や使命に生きることだけが 生きることの凡てではないけれど)


さて。
最近街中でよく目にするようになった桃色の花。
枝の先端を中心に花が密集し 特徴的なのですぐに解る。
夏の花は一つではないけれど 酷暑で朦朧としてくる意識に 光を射し込むような明るく清らかな存在だ。


炎天に百日紅の花
夏の暑さなんて全然平気
とでも言うように 朗らかに歌うように咲いている。
(凡てを抱きしめるようにそっと)

写真を撮っていると
こちらもふっと暑さを忘れて夢中になって
…すごく美しいな って思う✨

しずかなるものの傍らで

(百日紅の木と花の石が揃いました🌸)